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Home月刊マクロビオティック > 抜粋記事〜今月のおすすめ記事

『月刊マクロビオティック』2022年11月号特集

特集 日本精神の深層い触れる むすび文化

神社のしめ縄に代表されるように、日本の文化を象徴的な一言で表すならば、それは「むすび」という言葉となります。「むすび」は二つの相反する力を結んで、新しいモノやチカラを産み出すことを云い、縄文の古代より縄目(なわめ)文様などでシンボライズされ、古事記では天地開闢の始まりのときに「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみムスヒのかみ)、神産巣日神(かむムスヒのかみ)という三柱の神が現れた」と記されるなど、世界でも類を見ない平和的、自然的、循環的文化を創り出す根源的な精神性として注目されています。

しめ縄や水引などの紐を結ぶだけでなく、人間関係を結ぶ、場を結ぶ、酒を醸すことなど有形無形に関わらず使われ、神道をはじめさまざまな道、建築、婚姻、衣服、飲食など現在の日本社会でもあらゆる面に生き生きと現れています。さらに、「むすび」の特徴はすぐに「ほどける」ことにあります。それは変化しやすい四季折々の気候や自然災害の多い日本列島において、柔軟にほどいてはむすび直せることが何よりも大切にされてきたからに他なりません。
マクロビオティックでは「むすびの精神」をとても大切にします。桜沢如一が確立した「無双原理」は、日本の平和の原理である「陰陽むすび」の精神を西洋の人々に理解を促すために公理化したものでした。

今月の企画は、マクロビオティックとの関わりの中で、文化継承に深い関心を寄せる方々に、それぞれの視点・観点からのご寄稿をいただきました。これからの激動の世界を平和に導くキーワードである「むすび」の魅力を存分にお楽しみいただければ幸いです。

 

和暦からひも解く「結び」


高月 美樹

 

産霊(むすひ)としての結び

「古事記」や「日本書紀」などに度々登場する「ムスヒ」は「産霊」または「産巣日」と記されています。やまとことばで解釈すると、ムス=生まれる、ヒ=霊力。人や神、自然との結びつきが新たな気を生み出すことをあらわしていたと思われます。結びは魂が宿ることと関係があり、万物を生み出す働きそのものをさしていたようです。

たとえば「草結び」といえば、霊魂を込めて草と草を結び、旅の安全を祈ったり、大切な人との離れない心を願ったりするまじないになっていました。あるいは花がしぼんで「実を結ぶ」と言ったり、仏や菩薩が悟りの象徴として手指で形を作ることを「印を結ぶ」といったり、文章やスピーチの最後にも「結びの言葉とさせていただきます」というように、終わりを意味することもあります。

 

トキは結び目を意味する言葉

暦や時間という観点から「結び」を考えてみると、先史時代の人々は紐の結び目で、日付や数、出来事、祈願など、さまざまな情報を伝えていました。

結びは何かの区切りを伝えるための節目であり、トキとは「節目」や「境目」のことであり、何かの終わりと始まりを意味するものでした。そのためトキという言葉は、神秘的な領域と深く関わっていたと考えられています。沖縄では祭日や祝日、吉凶の日取りを決める職能者をトキと呼んでいました。結び目であるセチ(節)はトキ、それ以外の日常がアイダです。このトキとアイダをセットにした近代用語が「時間」という言葉になります。

この関係は、植物の姿によく似ています。植物は茎と茎の間に新たに発展するための結節点を作り、そこから芽をつけたり、枝を伸ばしたりして発展していきます。植物によってその間隔や形状はさまざまですが、結びのない場所からは何も生まれません。

人間にとっても節目は、日常という流れの中の大切な転換点であり、そこで一旦リセットして新たに始めたり、変化していくための転換点でもありました。節目の日には全員が仕事を休み、みんなでごちそうを作って野山で過ごしたり、海や川で禊ぎをするなどの風習が、行事日や祭日となっていったと考えられています。

 

   

 

人と自然、人と人の結び

今でも正月の料理をお節料理といいますが、かつてはさまざまな節目がありました。たとえば早苗饗といって田植えが終わったらお赤飯を炊いて祝い、その慰労をかねて全員で休息したように、それぞれの共同体によって適宜、休みをとりました。現在は週休制が普及していますが、日曜日だから田植えを休むということはなかったわけで、江戸時代まで全国統一された休日はほとんどなく、天候やそれぞれの職業の必要に応じて臨機応変に設定されていたようです。

本来の休日やハレの日は月や季節の節目、自然界や宇宙の摂理と密接につながっていたと考えられます。週休制が普及するとともに休日は月とも太陽とも関係のないものになったともいえます。

一年の始まりであった睦月も、結びと関係のある月です。年神様を迎え、新しい一年が始まる産霊の月であり、親しい人や親戚が行き来して睦み合う月でもありました。

人と神、人と人の結びです。春はすべてのものを目覚めさせ、いのちを育む季節です。そのため春の雨を「万物生」といったりします。また立春の日を詠んだ歌としてよく知られているのは紀貫之のこの和歌です。

袖ひぢて 掬びし水のこほれるを
春立つけふの 風やとくらむ

昔の人は両手を合わせて水をすくうことを、掬ぶといっていました。「同じ流れを掬ぶ」という慣用句は、同じ川の水をすくって飲むことから、縁がつながった者同士のたとえです。

永遠に循環し、あらゆる命をつないでいる水。正月に若水を汲む行事は、神聖な水に宿った霊気を身の中に取り入れるための儀式でもありました。水もまた結びの神です。トキという言葉の語源も、じつは水と関係があると推測されています。

 

共同体としての「結」の復活

また江戸時代には、「結」「連」「講」など、さまざまなコミュニティがありました。「連」は学問や趣味を共にする人たちが地域や身分を越えてつながりを持つもので、文化の発展に大きく貢献しました。「講」は月待講や庚申講のように飲食を共にする交流や情報交換の場、富士講などの民間信仰、太子講など職業仲間の寄り合いなどさまざまありまた。それに対し、「結」は同じ地域の人々が労働を共にし、一人でやるには大変な田植えや、茅葺き屋根の葺き替えをお互いに協働して行うもので、これは今でも各地域でよく見受けられます。沖縄では「ゆいまーる」といい、「ゆい」は結い、「まーる」は廻るの意味です。

お礼の金品などを介在させず、お互いに労働でお返しするもので、単なる手伝いというよりも共に汗を流す喜びや、生身の信頼関係を育む豊かな結びつきでした。今はスモールコミュニティの時代といわれていますが、人と自然(神)、人と人との結びが、再び必要とされている時代が来ているように思います。現代の「結」は共に生き、生かされるという大きな喜びをもたらしてくれるような気がします。

  

 

高月美樹/たかつき みき

LUNAWORKS主宰。女性誌編集を経て、2003年より日本の知恵とこころを伝える手帳「和暦日々是好日」を制作・発行、執筆・講演を続ける。

HP:https://www.lunaworks.jp/

 

 

包んで結ぶ風呂敷のおはなし


横山 功

 

風呂敷は生きもの

風呂敷は、包む体(布)と結ぶ手(角)が一体となっている。包んだ後に固定するのではなく、包みながら結ぶことで中身を圧縮できる。風呂敷は相手を抱きしめるのだ。中でユサユサ動くのと、ひとかたまりとでは、持ちやすさと疲れ方が違う。さらに、風呂敷包みは使う人の体に沿うため、広い面積で接して負担が分散される。道具とは人の動作の置き換えだが、風呂敷は体に四本の手足(角)を持つ人型汎用布。自らの分身となって動く生きものだ。

固定はせず、個別に動けなければ結ぶことはできない。別向きの力を出しあうから、接着を超えた圧着ができる。間違えても仕切り直せる。結ばれているものは、いつでも同時にほどけているのだ。双方の歩み寄りによる「結び」は、労力も半分ずつで済み、効率的で長つづきしやすい。

さて、せっかくなので、初めての方は風呂敷を試してほしい。手元やタンスに幅1メートル前後の大風呂敷やスカーフがあれば、何か背負ってみよう。風呂敷を斜めに広げ、中央に物を置く。左右の角で中身をしっかりと結びとめる。残る前後の角は小さめに結び、体が入る隙間を空ける。そこへ頭と片腕を通して包みを背中にまわせば完了。風呂敷という生きもの(植物)は今、二本の手で荷物を抱えながら、残る二本で人の体につかまるという「かるわざ」をこなしている。いちまいの風呂敷は、同行する頼もしいパートナーだ。背負った荷物による後押しとほどよい締めつけがマッサージとなり、疲れをとりながら旅ができる。

 

中身に合わせて変わる

母親のことを「お袋」と呼ぶ。胎児の成長にあわせて伸びひろがる子宮は、役目を終えればほどかれたように元にもどる。しかし世の中はカチコチの器ばかりで、合わないものは排除または変形させられる。中身の魅力を生かしきれないだけでなく、変化に対応できない器も崩壊へと向かう。器ははじめからほどけるように作っておき、都度ふさわしい形に結びなおすことで、無駄のない良好な関係が結ばれる。

たとえば蟻は、とうもろこしの芯のように巨大すぎるエサは巣穴へは運ばず、とうもろこしに土をかぶせ、それ自体を新たな巣とする。また、新入社員がたまたまお菓子づくりが好きであったならば、新たにお菓子部門を設けたらよい。中身をそのまま生かすのが、器の役割だ。

どんなに洒落たバッグになっても、風呂敷は基本的に用が済んだらほどく。乾きやすく、洗いやすくなって長持ちにつながるし、他のことにもいちから結びなおせる。レシピがなくてもお弁当包みで何でも包めるので、そこから自己流にアレンジすればよい。風呂敷は用途の決まった道具ではなく、必要なものをその場で結んで生み出せる材料だ。布を切り抜かず、縫いつけず、結ぶだけでつくる。失敗してもほどいてやり直せるから、考えすぎず手にまかせてみよう。

この世界、ゼロから始めることはあまりない。いつでも、既に何かがある状態からのスタートだ。現状を壊すのではなく「ほどく」ことで、使える部分は結び直せるし、ほどく過程が溜めをつくり、反作用として必然を生み出す。何かしようとがんばらなくても、ほどけば結びがやってくるのだ。

 

手ぶらで済んだ暮らし

ところで、なぜ「風呂敷」と呼ぶのだろう。由来は諸説あるが、「風呂へ持っていく敷き布」と考えると分かりやすい。銭湯や温泉へ行くときに着替えを包み、脱衣所では荷物の名札かつ鍵となり、帰りは脱いだ着物を包んでいく。かつては「平包み( 平らな包み布)」と呼ばれた。どちらも同じものだが「包み布」は結んだ状態から名付けているのに対し「敷き布」はほどいてある。ここから何にでも変わってゆけるという自在さが、名前からも垣間見える。

ただ、多目的に使われるのにどうして風呂なのか。江戸時代は自給自足と助けあいによって、旅や行商、使いの者をのぞき、日常は手ぶらで事足りた可能性がある。ちょっとしたものは袖や帯、手ぬぐいに差せばよく、風呂敷を必要とするのは、着替えを包んで銭湯へ行くときくらいだったのかもしれない。

ご近所同士や豊かな環境と結ばれた暮らしの中では、風呂敷という強力な助っ人に頼りすぎなくてもやっていける。風呂敷があれば一人で背負えるが、一緒に持ってくれる仲間がいることはしあわせだ。人もまた直立歩行する風呂敷として、自分自身をいつでもほどいてリラックスし、そこから生まれる結びをたのしんでいこう。

 

横山 功/よこやま いさお

1979年浅草生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。3児の父。中学から俳句、高校では短歌を詠みはじめ、NHK歌壇で入選。少しでも豊かな生態系を取りもどすために、使い捨てのごみを減らそうと学生時代から風呂敷を使いはじめる。風呂敷を背負って歩き、各地をひとり旅しながら、様々なむすび方や活用術を発見。「ふろしき王子」の愛称でテレビや新聞に紹介され、エコ、和文化、防災、子育てなど多様なテーマで実践
型ワークショップを全国で催している。特技は似顔絵。著書に「ふろしきで遊ぼう」(いかだ社)、「毎日カワイイ風呂敷」(玄光社)、など。

 

ホームページ http://furoshikiouji.asia/
ブログ http://blog.goo.ne.jp/isamix99

 


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